ゲーム技術への傾倒から始まった両社の接点
エヌビディアとセガの関係は、ゲームの3次元表現が大きく進化していた1990年代に始まった。1993年に創業したエヌビディアは、ゲーム向け画像処理半導体を事業の中心に据え、セガの「バーチャファイター」が示した3次元技術に強い関心を持っていた。
この技術的な接点から、エヌビディアはセガの家庭用ゲーム機に使用する半導体の開発に参加した。創業直後の企業にとって、大手ゲーム会社との取り組みは事業を成長させる重要な機会だった。
しかし、共同作業は成功だけを残したものではなかった。半導体の開発が予定通りに進まなかったことで、エヌビディアは設立後間もない段階で深刻な危機を迎えた。
半導体開発の中断で深刻化した資金難の局面
エヌビディアが担当していたのは、セガの家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」向けの半導体チップだった。ところが、1996年に開発は頓挫し、同社は契約に沿った成果を提供できない状況となった。
開発の失敗は、技術上の問題だけにとどまらなかった。財務基盤が十分に整っていなかったエヌビディアは、事業継続に必要な資金を確保できず、経営そのものが立ち行かなくなる危険に直面した。
フアンCEOは7月15日に東京・秋葉原で行われたイベントで、当時は開発を完了できないにもかかわらず、資金援助を求めなければならなかったと振り返った。企業間の通常の取引関係を考えれば、極めて厳しい申し入れだった。
将来性を見抜き500万ドルを投じたセガの判断
危機にあったエヌビディアへの支援を決めたのが、当時セガ副社長を務めていた入交昭一郎氏だった。入交氏は、開発結果だけで判断せず、エヌビディアが保有する技術と将来的な成長力を評価した。
セガが提供した資金は約500万ドルに上った。この援助により、エヌビディアは資金難を切り抜け、半導体企業としての活動を続けることが可能になった。
その後、エヌビディアは画像処理半導体を軸に事業を拡大し、世界的な企業へと成長した。フアン氏は現在の会社が成立するまでの過程を振り返り、セガによる支援が存続を左右したことを明確にした。
秋葉原に集結した両社の歴代関係者
両社の歴史を記念するイベントには、支援を決断した入交氏をはじめ、セガの現旧経営陣が参加した。セガサミーホールディングス社長兼セガ会長の里見治紀氏、セガ社長の内海州史氏も登壇した。
さらに、「バーチャファイター」の開発者として知られる鈴木裕氏も姿を見せた。エヌビディアが関心を寄せた3次元ゲーム技術の関係者と、会社の存続を支えた経営陣が同じ会場で交流した。
会場となったゲームセンターの周囲には数百人が集まり、フアン氏を歓迎した。予定時刻から約1時間遅れて登場したフアン氏は、ファンから求められたサインにも対応した。
失敗を越えて語り継がれる両社の協力関係
今回の催しは、約30年前の開発計画を振り返るとともに、失敗後も相手企業を支えたセガの判断に光を当てる場となった。フアン氏は入交氏との会話を通じ、困難な要請を受け入れた当時の配慮に改めて感謝を伝えた。
半導体開発は完成に至らなかったものの、両社の関係はそこで途切れなかった。技術の将来性を重視した500万ドルの資金提供が、エヌビディアに再出発の機会を与えた。
フアン氏が公式に日本を訪れたのは、2025年10月以来約9カ月ぶりだった。イベント後には東京・神田のやきとんチェーン店を訪れ、夕食を取った。